「詩」と呼ぶようなものかどうか、日々の中で書きためてきたものを少しずつ、公開していこうかなと思っています。

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2007年12月29日

■良いお年を

ブログ記事の更新、すっかり放置してる間に
年が変わろうとしています・・・。


もともとfc2でやっていた日記ブログの方が
なんやかんやと忙しく、もっぱらそちら中心。
こちらは読んでくれてる人いるのかな〜、みたいな感じで・・・。


偶然、通りすがりに覗いてくださった方にも、
たまーに遊びに来てくださる方にも、
新しい年が良い年になりますように。


       きい

2007年12月03日

■ふるい てがみ

    ふるい てがみ


おしいれの おく。
だんぼーるの はこの なかに
ふるい てがみ の
たばがある。


たばこの やけこげ。
ちかてつの でぐちで
わかればなし を したときに
つよい かぜが ふいて。
あなたの よんでいた
いちばんはじめに くれたてがみ の
はしが こげた。
わたしの たからものだった。
あなたが はじめて くれた てがみ。


 「知り合いをひとり
  病気にして
  仕事を抜けて 会いに行きました。」


たりないものが なかったから
うしなうことばかり かんがえていた。
やくそく は できなかったから
わたしのほうから にげなければ
たえられないと おもった。


にがい わかさ。


にじゅうだいの うちに
いのちがけの こいを
ふたつは しておきなさい。
しんりがく の せんせいは
そんなことを いったけれど。
おとこのひとは みんな
あなたのように
あいしてくれるものだと
おもいこんでしまった
にじゅうにさいの わたしが
いつも
あたらしい ひとの せなかを
さめた めで みつめている。


 「たくさん 話しをしましょう。
 また 聞いてあげられると
 思います。」


ふるい てがみは
もやす もの。


そのとき がきたら
いさぎよく
もやせるだろう。


ふいうち は
だんぼーるのはこの そこ。
いもうと に あてて
わたしの はしりがき がある。


 「わたしが死んだら
 燃やしてください。」


と。

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2007年11月30日

■足の裏

もうひとつのブログの方でも仲良くしていただいているみなさんと、
「文芸部」なるものを発足しました。
文芸部の方にさらに作品を載せる、となると
手がまわらないので、
こちらに作品をアップ、文芸部部室?ブログには
URLでお知らせ・・・の形で投稿していこうと思っています。
文芸部にはこちらのブログ、リンクするつもりですが、
ここから文芸部部室をのぞき見・・・はできませんので、
あしからず。


私には4歳上の兄と年子の妹がいます。
兄とはずっと、ケンカばかりしてました。
3人兄妹の真ん中で、
どうも私はひとり、ひねくれっ子だったんですね。
現在、兄は実家で両親と同居、
妹夫婦は実家近くにマンションを買い、
来春、引越しの予定。
私だけが県外に住んでいます。


お互いに結婚してからは
盆正月の帰省時には兄とお酒を飲んだりもします。
この作品はわたしが30歳頃に書いたものです。
両親が老いて、私たちもいい歳になりました・・・。


 


    足の裏


義姉(あね)が手紙を書いてくれて
兄の仕事が
わたしに劣らず不規則なことを知った。
朝の五時半から
夜の八時まで。
五つのパターンを
日替わりでこなしている
公務員。
二年前から
市民病院の 給食係だ。


「今日は早出だったので
 手紙を書いているわたしの前で
 気持ちよさそうに寝ています。
 足の裏まで
 優しくて 真面目で
 誰よりもわたしを理解してくれるので
 結婚してよかったと
 思っています。」


わたしの知っている
兄の足は
猫の「ひめこ」を
蹴飛ばしていく足。


どたどたと
階段を上る足。


兄の足は
大きかったか 小さかったか。
考えたこともなかったな。
けんかばかりしていた 思春期を過ぎて
わたしだけが 家を離れて。


兄とわたしの
十二年を
丸文字の手紙が埋めていく。

2007年11月24日

■七五三

もうひとつのブログの方で仲良くさせていただいている
Yさんのブログにお子さんの七五三の写真があり、
かつてこんなの、書いていたなあと思い出して
載せてみました。


    


    七五三


記念写真でも撮りなさい と
実家の母が送金してくれたので
お正月の帰省に間に合うようにと
写真館に予約を入れたら

息子の声が枯れて
のどが痛いと言い出した。


出来たばかりの 子ども写真館。
色とりどり
たくさんの衣装をかき分けて
義母は着物の柄に熱心に見入り
娘はシンデレラのドレスが着たいという。
微熱の出てきた息子までが
「ぼくは これ」
中世の騎士の服を指差している。


わたしの七五三。
別珍の青いワンピースに白のタイツ。
紺色のベレー帽も似合っているのに
従兄弟のつとむくんの隣で
むっすりと写真に写っている。
母が言うには
お宮参りで着物姿の女の子に会うたびに
機嫌が悪くなり
とうとう
「こんなの ほんとの服じゃない」と
泣き出したという。
泣きたいのは
母の方だったろう。
無理して揃えた一張羅のワンピース。
おとなの都合など
解るはずのない 三歳半のわたし。


娘七歳 息子五歳。
「二十年後を先取りするみたいだな」
ため息まじりに夫が笑っている。
さながら結婚式のお色直しのように
着物を一着 洋装を二着。
母は 喜んでくれるだろうか。
生え変わりで前歯が一本抜けたままの
シンデレラと
頬の赤い騎士が
並んで一枚におさまっている。

2007年11月18日

■人生に敬意をはらう

働いていて、
常々、大切だと思うのは
「他者の人生に敬意をはらう」姿勢を忘れないこと。


自分の親だったら、家族だったら
どんなふうに接してほしいか、
そんなことを考えられる看護師になりたい。
そう思いながらも、
どれだけのことがやれてきたのかな。(反省・・・)


技術は経験年数とともについてくるけれど、
感性は自分で意識しなければ磨けない。
他人の痛みをまったく同じに感じる必要はないけれど、
「なにがその人の痛みなのか」を
察せられる人になりたい。
その痛みを和らげてあげたい。


仕事を続ける限り、
ずっと模索していくことなんだろうなあ。


 


    糖尿病教室にて


80キロカロリーを
一単位、とする。
糖尿病基礎食は一日1200キロカロリー、
十五単位。
決められたカロリー数を
三度の食事のなかでとること。
間食は禁止。
フードモデルの
ろう でできたチョコレートは
甘さまでひからびて見える。


ずり落ちそうな眼鏡で
汗を書きながら筆算をする。
みつさんは
深夜
あんぱんの袋を破ったところを
見回りの看護婦の
懐中電灯に照らされて。


戦中戦後。
何にもない時代を食いつないだ。
自分のお金で
好きなものは いくらでも
食べられる世の中になったのに。
因果な病気になったものだと
かじりそこねたあんぱんを
ゴミ箱に捨てていた。


ごはん百十グラムなら
百六十キロカロリー、
二単位。
みつさんの
黒板を書きうつす手がふるえている。
本当は
計算ができないことを
人前でさらされるのをおそれて。
見よう見真似で
数字を並べているのがわかる。

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プロフィール

Author:きい7310
2児の母。
看護師として働いています。

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